画像の説明「ハウスクリーニング大阪 みがき屋Q3」店長であるナカシマの自己紹介のページです。まるで職務経歴書のような自己紹介になってしまいました。主に清掃業務に関わってきましたが、「企画屋」「オープン屋」を長くやっていたので、清掃だけでなく警備というか防犯関係についても、関係しました。防犯関係の相談も受け付けますよ。#clear

みがき屋Q3 店長プロフィール

店長:中島 和久(ナカシマ カズヒサ)

仕事の経歴

保有資格

私の清掃と関わり

気がつけば、清掃業に従事して30年余りになっています。
人からは、プロ中のプロなどとおだてれられますが、まだまだ極めましたとは言いがたいですね。
誰でも出来る清掃ですが、「たかが清掃、されど清掃」という感じで、生業として清掃業務を追求するとなかなか奥行きが深い業務でもあります。

お掃除が好きかと問われたら、「嫌いじゃないけど大好きとも言えない」ですね。
でも、清掃終了後キレイになった換気扇やピカピカになった床を見るとヤッパリ充実感がありますね。
お客様から「見違えるようにキレイになった」などとお礼の言葉を頂いた時が、一番充実する瞬間ではないでしょうか。

1979年、ビル清掃業務に従事 

ビルの床清掃の定期清掃からスタートした私の清掃との関わりでした。
毎日、ポリシャーを回し、モップで拭き上げ、ワックスを塗っていました。
この頃は、若かったことも有り、今で言うフリーターのようなアルバイト生活でした。

1989年、結婚問題を契機にデベロッパー系マンション管理会社に就職。

その会社は、全て外注していた清掃業務を直営にしたいということで、それまでの清掃経験を評価され、その責任者に私は抜擢されました。
周りには清掃について知っている人は誰もおらず、モップ1本の購入から始まり、人件費の算出・清掃員の募集・現場管理・営業と全てが暗中模索で始まりました。
それまでは、決まった現場を定期的に洗浄するだけの生活でしたので、苦労しましたが多くを学び体験し、その後の基礎を作った時期でもありました。

オプション事業として、ハウスクリーニングを開始。

1992年、関西の大手私鉄の管理会社に転職。

もっぱら清掃企画の仕事を任されました。
この会社でも、清掃のプロと言われる人はいない中で、多くのことを調査し学ばねばなりませんでした。
在職中多くのショッピングセンターやビル・施設の清掃業務を企画し、立ち上げて来ました。
この時期に学び・実践してきたことは、清掃業務を科学的に考察し、ケミカル類の化学の考察なしに、美観維持は出来ないということでした。
また、現場体制はシステムとして構築し、業務を標準化することの大切さも学びました。

この私鉄時代には、次のような動きをしてきました。

私の(清掃に限らず)ビジネスマインドが形成された時期でもあります。
エコクリーニングとの出会いもこの時期です。

東京の大プロジェクトを受注しつつも、会社方針問題や諸事情により退職。

2005年旧知のマンション管理会社に転職。

マンションの清掃管理とハウスクリーニングなどを担当。
ハウスクリーニングは、エコクリーニングにて展開。
アメリカに端を発した世界同時不況等の影響で退職。

2009年。ハウスクリーニング大阪「みがき屋Q3」開始。

エコハウスクリーニング大阪「みがき屋Q3」として、営業を開始。
大阪府東大阪市を拠点に一般家庭のエコハウスクリーニングに取り組む。

チョット長い私の自己紹介でした。
最後までお読みいただきありがとうございます。
今後も人との出会い「一期一会」を大事にして、精進してまいりたいと思います。

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